国の「健康診断」(財政と通貨)
― 成長以前に確認すべき前提条件 ―
本記事は、「新興国投資の見極め方|6つのチェックポイント」における
【③ 財政と通貨】を掘り下げる、投資判断の「除外フィルター」編です。
新興国投資には、繰り返される典型的な失敗パターンがあります。
「経済成長はしている。企業業績も最高益。それなのに、5年・10年で見ると投資リターンがほとんど残っていない」
この原因は、選んだ企業でも産業でもありません。
多くの場合、問題は「通貨」と、それを管理する「中央銀行」にあります。
本記事では、成長率やテーマ性に目を奪われる前に、
「投資対象から即座に外すべき国」を見分けるための、冷徹なチェックポイントを解説します。
1. なぜ「株は上がるのに、報われない」のか
インフレ許容型の国では、次のような現象が同時に起こります。
名目GDPが高成長 📈
企業売上・利益も拡大 📈
現地通貨建ての株価は上昇 📈
現地通貨で株価が2倍になっても、通貨の価値が半分になれば、我々外国人投資家の手元に残る資産(円換算・ドル換算)は増えません。
成長の果実が、通貨安とインフレですべて相殺される構造です。
この「穴の空いたバケツ」のような状態を作ってしまう最大の要因が、
中央銀行がインフレを止められない(あるいは止めない)ことにあります。
2. 信頼できない中央銀行の「構造」
ここで言う「信頼できない」とは、能力や善悪の話ではありません。
政治・財政の都合で、「通貨価値の防衛」を後回しにせざるを得ない構造があるかどうかです。
① 政治による「利下げ」の強要(Fiscal Dominance)
選挙を控えた政治家は、景気を良くするために「金利を下げろ」と圧力をかけます。
本来、インフレ時には利上げが必要ですが、独立性の低い中央銀行はこれに逆らえません。
その結果、インフレは加速し、通貨は売られます。
② 実質金利が「マイナス」で放置されている
これが最も危険なシグナルです。「実質金利」とは以下の式で表されます。
例えば、政策金利が10%でも、インフレ率が15%なら、実質金利は▲5%です。
これは、「その国の通貨を持っているだけで、黙っていても年間5%ずつ価値が削られる」という罰則状態を意味します。
この状態が数年単位で放置されている国からは、賢い資本から順に逃げ出します。
3. 投資対象から外すための「4つの除外基準」
中央銀行のチェックは、加点法(=どっちが優秀か)ではなく、
減点法(=どこが危険ラインを超えているか)で行います。
以下の4点に該当する場合、投資対象から「除外」することを検討すべきです。
| チェック項目 | 危険シグナル(除外の目安) |
|---|---|
| ① 実質金利 |
マイナス幅が大きく、 それが数年単位で常態化している。 |
| ② インフレ率 |
一時的ではなく、 年率10%超が当たり前になっている。 |
| ③ 外貨準備 |
「外貨準備 ÷ 短期対外債務」が 1倍を安定して下回っている。 (=借金を返す手持ちの外貨が足りない) |
| ④ 財政規律 |
双子の赤字(財政+経常)を抱え、 その穴埋めに中央銀行が利用されている。 |
※これらは優劣を決める指標ではなく、「危険水準」を確認するための最低ラインです。
4. 過去の事例に見る「構造」
ケースA:成長痛を超えた「規律の欠如」
2010年代後半以降のトルコが典型例です。
高い経済成長率は維持していましたが、政治介入による利下げ圧力が強く、高インフレと通貨安が長期化。
企業活動は活発でも、通貨リラの暴落により、ドル建て・円建ての投資価値は大きく毀損しました。
ケースB:成長を犠牲にしても「信用」を守る
一方で、ブラジルやメキシコの中央銀行は(時期にもよりますが)、インフレ時には景気を冷やしてでも果敢に利上げを行う伝統があります。
この「嫌われる勇気」こそが、長期的には通貨の暴落を防ぎ、投資家の資産を守る防波堤となります。
まとめ|中央銀行は「加点」ではなく「足切り」
新興国投資において、中央銀行チェックは「どの国が一番優秀か」を探す作業ではありません。
「どの国を最初から外すべきか」という、減点が積み上がった国を静かに外すための工程です。
成長率やテーマ性に惹かれる前に、通貨と金融の土台が耐えられるかを確認する。
それだけで、新興国投資における「致命的な事故」の多くは回避できます。
「どの国が伸びるか」を考える前に、
「どの国を最初から外すか」を考える。
