全部見ないための、経済指標の使い分けルール
この章の役割は、経済指標を「暗記」から「判断」へ変換することです。
- 「正解探し」ではなく、どの指標を優先する局面かを整理する
- 全部は見ない。今は何を見なくていいかまで決める
- 指標は当てに行く道具ではなく、状況を読む地図
1. まず前提:「全部同時に動かない」
第1〜5章で見た通り、景気は多くの場合、「企業 → 雇用 → 消費 → 物価」という波及の傾向を持ちます。 だから、局面によって“効く指標”が入れ替わるのが自然です。
企業心理(先行)
↓
実体(生産・売上など/一致)
↓
消費者心理
↓
雇用
↓
物価(遅行)
大事なのは「何を見るか」より、「今は何を見なくていいか」。
2. 投資で使いやすい「5つの局面」に分ける
ここではNBERの公式判定(後から確定する)ではなく、投資で使いやすいように“先に置ける分類”にします。
- 減速の気配(初動):空気が変わる
- 後退の現実化:実体データがついてくる
- 底打ち探し:悪化が止まるサインを拾う
- 回復の広がり:改善が連鎖する
- 過熱・インフレ警戒:強さの副作用を見る
3. 局面①:減速の気配が出始める(最重要)
状況イメージ
- 数字はまだ崩れていないのに、相場が神経質になる
- ニュースは強弱が混ざり、「判断しづらい」
- あとから振り返ると、ここが一番“差”になりやすい
優先して見る(先に)
- 消費者心理(期待):ミシガン大・Conference Boardなど(「先に不安が出る」)
- ISM(新規受注など):企業側の体感変化を拾う
- 地区連銀指数:企業マインドの変化を補足(例:フィリー連銀)
判断軸はシンプル:
「人と企業が“不安になり始めたか”(=先行する心理が崩れたか)」
まだ見なくていい(後で):失業率 / GDP / CPI単体。
とくに失業率は、悪化が見えてから動きやすく、初動の材料にすると遅れが出ます。
4. 局面②:景気後退が現実化する(実体で確認)
先行指標で見えた変化が、実体(生産・売上・投資)に表れているかを確認する局面です。
ここで大事なのは単月の上下ではなく「続いているか」です。
優先して見る(先に)
- ISM(50割れ・滞在)
- 耐久財受注(設備投資の気配)
- 小売売上(家計の強さ確認)
補助(確認用):新規失業保険申請(雇用への波及が始まったかの早期確認)
失業率が明確に悪化してからでは、投資判断は後追いになりやすい。
先に“実体の弱さ”で確認し、雇用は追認に回す。
5. 局面③:底打ちを探る(最難関)
底打ちは「良くなる」ではなく、まず悪化が止まるところから始まります。
だからこの局面のキーワードはピークアウト(悪化のピークを越えたか)です。
優先して見る(先に)
- 新規失業保険申請(悪化のピークアウトを探す)
- ISMの改善方向(底の形がVか、長引くか)
- 消費者心理の下げ止まり
「数値が悪い」ことと、「悪化している」ことは別。
投資で拾いたいのは“悪さの加速が止まったサイン”です。
まだ見なくていい(後で):GDP(四半期で遅い)や、CPI単体の細かい上下。
まずは「悪化が止まったか」を週次・月次で拾います。
6. 局面④:回復が広がる(まだ疑われやすい)
多くの人が「もう遅いのでは?」と感じやすい局面ですが、実務では回復初動であることが多い。 ポイントは「改善が続くか」「広がるか」です。
優先して見る(先に)
- ISM(50超えの定着)
- 雇用の改善(雇用者数の伸び・解雇の落ち着き)
- 企業利益・マージン(企業の体力回復)
まだ見なくていい(後で):短期的なCPIのブレや、単月のGDP。
7. 局面⑤:過熱・インフレ警戒(“強い”の副作用を見る)
「景気が強い=安心」ではなく、強いがゆえにインフレ再燃・金融引き締めが問題になる局面です。
この局面の基本は、PPI → CPIの順で「川上の圧力」を先に確認すること。
優先して見る(先に)
- PPI(川上のコスト圧力)
- サービスCPI(粘着的になりやすい)
- 賃金指標(インフレの持続力)
ここは「強さを喜ぶ局面」ではなく、
行き過ぎ(=金融政策が厳しくなる種)がないかを点検する局面。
8. 局面別・早見表(最終テンプレ)
| 局面 | 最優先(先に見る) | 補助(迷ったら) | まだ見なくていい(後で) |
|---|---|---|---|
| ① 減速初動 | 消費者心理(期待) | ISM新規受注・地区連銀 | 失業率 / GDP / CPI単体 |
| ② 後退現実化 | ISM(50割れ・滞在) | 耐久財 / 小売売上 | CPIの細かい上下 |
| ③ 底打ち | 新規失業保険(ピークアウト) | ISM改善 / 消費者心理下げ止まり | GDP(結論は遅い) |
| ④ 回復 | ISM 50超え定着 + 雇用改善 | 企業利益・マージン | CPI単体(主役になりにくい) |
| ⑤ 過熱 | PPI(川上) | 賃金 / サービスCPI | GDP(確認として後) |
9. 迷わないための運用ルール(初心者→中級の橋渡し)
- 局面を1つに決め切らない:迷うときは「①寄り/②寄り」のように“寄り”で運用
- 指標は3つだけ先に見る:最優先+補助から合計3つ(過剰に追わない)
- 単月で結論を出さない:「続いているか」「方向が変わったか」を重視
- “まだ見なくていい”を守る:見た瞬間にニュースの強弱に振り回されやすい
章末まとめ:指標は「当てる」より「並べ替える」
経済指標は、未来を当てにいくための道具ではありません。
本当に重要なのは、今どの局面にいて、どの順番で変化が波及しているのかを整理することです。 企業・雇用・消費・物価は同時には動かず、見るべき指標は局面ごとに入れ替わる。
だからこそ、「全部を見る」必要はありません。 むしろ今は何を見なくていいかを決めることが、判断の精度を高めます。
この章で整理した早見表は、相場環境が変わっても使い回せる判断の土台です。 次にやるべきことは、その時点のデータを当てはめてみること。 正解を探すのではなく、「どこにいるか」を確認するためのチェックリストとして使ってください。
