Eli Lilly vs Novo Nordisk の構造と戦略分岐 

GLP-1市場で分岐する企業構造と成長戦略
|「デジタル・エコシステム」か「垂直統合・生活インフラ」か

本記事は、肥満・糖尿病治療薬市場を複占する Eli Lilly(イーライリリー)と Novo Nordisk(ノボ ノルディスク)の 2024〜2025年の公開レポートをもとに、

「同じGLP-1市場というゴールドラッシュの中で、両社がまったく異なる“制約の外し方”を選んでいる」 という構造的な違いを整理することを目的としています。

企業の優劣を決めるのではなく、
Lillyは「デジタルとAIで患者接点を再設計するTech-Bio型」へ、
Novoは「製造網を押さえ、薬を生活インフラに近づける企業」へ、
それぞれ異なる進化を遂げている事実に焦点を当てます。

1. なぜこの比較が意味を持つのか

両社は現在、「作れば売れる」という前例のない需要超過局面にあります。 しかし、その制約(ボトルネック)をどう解消するかという考え方は対照的です。

Novoは物理的な製造能力の不足を最大リスクと捉え、 製造拠点そのものを買収して垂直統合を進めています。 一方でLillyは、デジタルプラットフォーム(LillyDirect)を通じて、 患者への流通・接点の一部を再設計し、 自社主導でコントロールしようとしています。

本記事の焦点は、 「デジタルで仕組みを組み替えるLilly」と、 「物量と製造技術で供給を押さえるNovo」 という、戦略の重心の違いにあります。

※ 実際には両社ともデジタル・製造の双方に投資していますが、 ここでは「どこに最も重く賭けているか」を整理しています。

2. 各社の基本構造(事実整理)

Eli Lilly(イーライリリー)

  • 構造:創薬(AI活用)と患者接点(LillyDirect)を軸にしたプラットフォーム志向の製薬企業。
  • 最新動向:LillyDirectを通じ、遠隔医療・調剤事業者と連携しながら、 患者接点を自社主導で再設計するDTC型モデルを展開。
  • ポートフォリオ:肥満・糖尿病に加え、アルツハイマー(Kisunla)や免疫疾患など、 複数領域でのブロックバスター創出を重視。
  • 構造の要約: 「デジタルとAIを使い、価格決定力と開発速度の両立を狙うモデル」

Novo Nordisk(ノボ ノルディスク)

  • 構造:糖尿病・肥満領域に経営資源を集中し、製造から供給までを物理的に押さえる垂直統合型。
  • 最新動向:Catalent社の複数工場を買収し、 GLP-1製剤の製造キャパシティを自社で確保。
  • ポートフォリオ:CagriSema(次世代注射薬)、 Amycretin(経口薬)など代謝疾患の深掘りに特化。
  • 構造の要約: 「供給能力そのものを競争優位に変えるインフラ型モデル」

3. 戦略の分岐点

最大の違いは、制約を解消するために デジタル(仕組み)を使うか、 物理資産(製造能力)を使うか、という点です。

比較軸 Eli Lilly Novo Nordisk
供給・流通 LillyDirectを軸に、患者接点と価格構造の一部を再設計 製造拠点を買収し、生産能力を物理的に支配
次の成長軸 AI創薬・多領域展開による開発効率向上 経口薬による服用ハードル低下と市場拡張
投資の重心 デジタル基盤・AI・サービス設計 工場・設備・製造技術(大規模CAPEX)

4. 構造的な強みとトレードオフ

Eli Lilly

  • 強み:患者データへの直接的なアクセスと、 価格・流通設計の柔軟性。
  • 留意点:既存の医療流通網との関係調整や、 プラットフォーム運営コストが継続的に発生。

Novo Nordisk

  • 強み:供給安定性と、 経口薬による地理的・物流的制約の低さ。
  • 留意点:経口薬は原薬使用量が多く、 製造コストや設備投資負担が重くなりやすい。

5. 環境変化に対する耐性と展望

今後のGLP-1市場では、需要成長そのものよりも、 「外部環境の変化に各社の構造がどう反応するか」 がより重要になっていきます。

  • 薬価引き下げ圧力(米国)に対して:
    LillyはLillyDirectを通じて、 「定価は高いが患者の実質負担は抑える」といった 価格設計の余地を持ちやすい構造です。
    一方、Novoは経口薬による利便性向上を武器に、 価格以外の価値で選ばれる戦略を取っています。
  • 供給制約・需要変動に対して:
    Novoは製造キャパシティを自社で押さえることで、 供給不足そのものへの耐性が高い構造です。
    Lillyは供給量そのものよりも、 「どこに・どう届けるか」を最適化することで 収益性を維持しようとしています。
  • 競合・後発薬の参入に対して:
    Novoは製造難易度の高い経口薬や次世代注射薬によって、 物理的・技術的な参入障壁を築こうとしています。
    Lillyはブランド力とデジタル接点を通じた囲い込みにより、 スイッチングコストを高める方向性です。

このように、同じ市場環境でも 「どのリスクに強く、どこが弱点になりやすいか」 は、両社の構造によって異なります。

投資家・観察者が持つべき視点

  • Eli Lillyを見る際は、
    「LillyDirectがどこまで患者接点として定着するか」と、 「AI創薬が実際にパイプラインの成功率を高めているか」 を確認する。
  • Novo Nordiskを見る際は、
    「製造能力拡張がどの速度で供給制約を解消しているか」と、 「経口薬(Amycretin等)の臨床データと実用性」 を注視する。

この比較は、どちらの企業が優れているかを判断するものではありません。
「デジタルで制約を外すのか」「物理で制約を押さえるのか」──
同じ山を、異なるルートで登っていることを理解するための整理です。

🔍 個別企業の構造を定点で見る

本記事は、複数企業を横断して「戦略の分岐点」を整理した比較ログです。
各社を単体で・構造的に把握したい場合は、以下の企業図鑑も参照してください。

▶ 企業図鑑: LLY / NVO