【企業図鑑】Sociedad Química y Minera de Chile (SQM)
世界最高品位の資源が生む「構造的コスト優位」
国家との提携で寿命を延ばした、リチウムとヨウ素の巨人
この企業に注目する理由
── 「アタカマ塩湖」という地球上で唯一無二の資産を押さえている
SQMの競争力の源泉は、経営戦略以上に「地質学的な恩恵」にあります。チリのアタカマ塩湖は、世界で最もリチウム濃度が高く、最も乾燥した(蒸発効率が良い)場所です。この物理的条件により、他社が真似できない圧倒的な低コスト生産を実現しています。
2025年末、チリ国営企業Codelcoとの歴史的な提携が完了しました。これにより、最大の懸念であった「2030年の事業権失効」という存亡のリスクが解消され、2060年までの長期的な操業が確約される新たなフェーズに入りました。
🔬 第1章:どんな企業なのか(輪郭と事業構造)
── リチウムだけでない、多角化されたスペシャリティ・ケミカル企業
SQMはチリ北部の天然資源を活用し、主に以下の5つの事業を展開しています。リチウムが注目されがちですが、他の事業も高いシェアを持つニッチトップの集合体です。
- リチウム(世界シェア約17%):EVバッテリーの主要原料。アタカマ塩湖での生産に加え、オーストラリアや中国での精製能力も拡大中。
- ヨウ素(世界シェア約27%):X線造影剤や液晶画面、半導体製造に使われる必須素材。世界最大の生産者であり、価格決定力を持っています。
- 特殊植物栄養(SPN):硝酸カリウム由来の肥料。高付加価値農業向けで世界トップシェア。
- その他:工業用化学品(太陽熱発電用の溶融塩など)やカリウム肥料。
リチウム価格の下落により、リチウム部門の収益は圧迫されていますが、販売数量自体は前年同期比で18%増加しており、旺盛な需要を取り込んでいます。一方で、ヨウ素事業は数量・価格ともに記録的な水準を維持しており、リチウムのボラティリティを補完する安定収益源として機能しています。
💡 第2章:なぜ特別なのか(競争優位の源泉)
SQMの強みは、技術特許のような「知財」ではなく、物理的な「立地と資源の質」に根ざしています。
🔍 深掘り:アタカマ塩湖の「物理的」優位性
リチウム生産には、主に「塩湖(かん水)」と「鉱石」の2つの方法がありますが、SQMが採用する塩湖方式、特にアタカマ塩湖は圧倒的なコスト競争力を持ちます。
- 高濃度・低不純物:アタカマ塩湖のリチウム濃度は世界最高レベルであり、不純物が少ないため、精製コストが極めて低く抑えられます。
- 太陽エネルギーの活用:世界で最も乾燥した地域の一つであるため、太陽光による自然蒸発プロセスを最大限活用でき、エネルギーコストを抑制できます。これにより、業界で最も低いキャッシュコスト(現金支出コスト)を実現しています。
- ヨウ素の独占性:チリ北部には世界で唯一、商業的に採掘可能な硝石(ヨウ素の原料)鉱床が広がっており、SQMはこの資源へのアクセスにおいて他社を圧倒しています。
- ✅ コストリーダーシップ:市場価格が暴落しても、競合他社が赤字になる水準でさえ利益を出せるコスト構造を持っています。
- ✅ ポートフォリオの補完性:リチウム(成長・変動大)とヨウ素(安定・高シェア)という異なる特性を持つ資源を組み合わせることで、経営の安定性を高めています。
- ✅ 統合されたサプライチェーン:採掘から精製、販売までを一貫して行うことで、品質管理とマージンの確保を可能にしています。
⚙️ 第3章:課題と向き合い方(リスク管理と官民連携)
SQMにとって最大のリスクは「資源ナショナリズム」でしたが、2025年末の契約完了により、その形が大きく変わりました。
🤔 Codelcoとの提携の意味
2030年に期限を迎える採掘権を延長するため、SQMはチリ国営銅公社(Codelco)との提携を選択しました。
- 2060年までの操業権確保:この契約により、アタカマ塩湖での事業継続性が30年延長されました。
- 支配権の委譲:2031年からはCodelcoが過半数の株式(50% + 1株)を持つことになります。SQMはオペレーターとしての役割を継続しますが、収益の一部は国家へ還元される構造となります。
- トレードオフ:「100%の利益を短期間得る」ことよりも、「シェアを分け合って長期間生き残る」ことを選んだ、現実的な生存戦略と言えます。
これにどう向き合っているか(対応の設計):
チリ一国依存のリスクを軽減するため、オーストラリア(Mt. Holland鉱山)や中国(四川省)での生産・精製能力の拡大を進めています。地理的な分散を図ることで、地政学リスクへの耐性を強化しています。
🌿 第4章:未来像(長期的な生産能力の拡大)
SQMの未来は、単なる「採掘屋」から、サステナブルな技術を持つ「素材パートナー」への進化にあります。
生産能力の増強:
リチウム需要の長期的な拡大を見据え、チリおよび海外での生産能力を増強しています。2025年第3四半期には、リチウムの販売量が過去最高レベル(51,000トン超)に達しており、価格下落局面でもシェアを拡大する「規模の力」を発揮しています。
サステナビリティと技術革新:
アタカマ塩湖の環境負荷を低減するため、「Salvac」と呼ばれる新しい直接リチウム抽出(DLE)技術の導入などを通じ、水使用量の削減や効率化を進めています。これは、環境意識の高いEVメーカーから選ばれるための必須条件となります。
まとめ:この企業を一言で言うなら
地球上最強の塩湖資産を梃子に、
国家と手を組み、EV時代の「基盤」として生き残る資源の巨人。
どんなに市況が悪化しても利益を出せるコスト構造こそが、
長期投資における最大の防御壁です。
企業価値を「構造」から考える
どの市場に組み込まれ、どの制度・ネットワークに支えられているか という構造が、 長期的な価値を左右します。
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