【企業図鑑】Intuit Inc.
「Done-For-You」の金融OS
AIと専門家ネットワークで、中小企業と個人の財布を掌握するプラットフォーマー
この企業に注目する理由
── 「自力(DIY)」から「お任せ(Done-For-You)」への構造転換
TurboTax(税務)やQuickBooks(会計)で知られるIntuitは、単なる「便利なソフトウェア屋」から脱却しつつあります。彼らが現在進行形で構築しているのは、AIエージェントと人間の専門家(公認会計士・税理士)を組み合わせ、ユーザーの作業を代行する巨大なサービス基盤です。
約1億人の顧客データ、数百万の中小企業のリアルタイムな資金移動データ、そしてMailchimpによるマーケティングデータを統合することで、Intuitは「金融活動のオペレーティングシステム(OS)」としての地位を固めています。AI革命において、最も実用的な「エージェント型AI」の社会実装に成功している企業のひとつです。
🔬 第1章:どんな企業なのか(輪郭と事業構造)
── 2つの巨大なプラットフォームによる「経済圏」
Intuitの事業は、大きく2つの柱が相互にデータを補完し合う形で構成されています。
- Global Business Solutions(中小企業・中堅企業向け):
「QuickBooks(会計)」と「Mailchimp(マーケティング)」を核とし、企業の顧客獲得から入金管理、資金調達までを一気通貫で支援します。特に近年は、より規模の大きい「Mid-Market(中堅企業)」への進出を加速させています。 - Consumer Platform(個人向け):
「TurboTax(確定申告)」と「Credit Karma(個人の信用管理・金融商品紹介)」を統合。年に一度の税務申告という接点を、年中無休の家計改善・資産形成プラットフォームへと進化させています。
Circle社との提携を発表し、プラットフォーム内でのUSDC(ステーブルコイン)活用に向けたインフラ整備を開始しました。これにより、従来の銀行システムよりも高速かつ低コストな資金移動(Money Movement)の実現を目指しており、単なるSaaS企業から「次世代の決済インフラ」へと領域を広げています。
💡 第2章:なぜ特別なのか(競争優位の源泉)
多くのSaaS企業が存在する中で、Intuitが圧倒的な強さを維持できる理由は、「データ優位性」と「AI+人間」のハイブリッド戦略にあります。
🔍 深掘り:Intuit Liveと「信頼」の壁
税務や会計において、ユーザーは「AIの回答」だけでは安心できません。法的責任や金銭的損失のリスクがあるためです。
- AI + HI (Human Intelligence):Intuitは、AIが作業の8割を自動化し、最後の確認や判断を専門家(Intuitのネットワークに参加する税理士等)が行う「Intuit Live」を展開しています。
- スケーラビリティ:すべてを人間が行う会計事務所よりも安価で、すべてを自分で行うDIYソフトよりも確実。この「中間の最適解」を大規模に提供できるのは、AI技術と専門家ネットワークの両方を持つIntuitだけです。
- Done-For-You(代行):直近の戦略では、ユーザーが作業をするのではなく、Intuitが作業を「完了させる」体験へシフトしており、これが高い価格決定力(ARPU上昇)につながっています。
- ✅ データの重力:年間数兆ドル規模の請求・決済データと、詳細な税務データを保持。これにより、AIの精度向上と、ユーザーへの最適な金融商品(ローン、カード等)の提案において他社が追随できない精度を実現しています。
- ✅ スイッチングコスト:過去の会計データや税務履歴が蓄積されているため、一度導入すると他社への乗り換えが心理的・物理的に極めて困難です。
- ✅ クロスセル:QuickBooksを利用する中小企業の従業員に対し、TurboTaxやCredit Karmaを提案するなど、BtoBとBtoCをまたいだ相互送客のエコシステムが機能しています。
⚙️ 第3章:課題と向き合い方(リスク管理)
盤石に見えるIntuitにも、無視できない外部環境のリスクが存在します。特に「政府の動き」と「技術の汎用化」が鍵となります。
🤔 投資家が注視すべきリスク
- IRS Direct File(米国税庁の直接申告システム):米国政府は一部の納税者向けに無料の申告システムを試験導入しています。単純な申告機能だけでは、TurboTaxのシェアが侵食されるリスクがあります。
➡ 対策:Intuitは「単なる申告」から「還付金の最大化」「事前の税務アドバイス」「即時の資金化」へと付加価値をシフトさせ、無料の政府系ツールとの差別化を図っています。 - 生成AIのコモディティ化:汎用的なLLM(ChatGPT等)が進化すれば、専用ソフトなしで税務相談が可能になる可能性があります。
➡ 対策:独自の金融特化LLM(GenOS)と、個人データへのセキュアなアクセス権を組み合わせることで、「一般的な回答」ではなく「あなたの財布に基づいた回答」を提供し、優位性を保とうとしています。
🌿 第4章:未来像(構造的成長の取り込み)
Intuitの視線は、既存のSMB(中小企業)市場の深耕に加え、より大きな市場機会に向けられています。
Mid-Market(中堅企業)への進出:
従来のQuickBooksは小規模事業者向けでしたが、より複雑なニーズに対応する「QuickBooks Online Advanced」などを通じて、中堅企業市場(TAMの拡大)を狙っています。Oracle NetSuiteなどのERP導入手前の層を取り込む戦略です。
B2B決済とMoney Movement:
年間2,000億ドル以上のB2B決済フローを処理する中で、単なる記録だけでなく「決済そのもの」を収益化しています。請求書発行から着金までの時間を短縮し、運転資金を提供するレンディング機能などが、金利収入や手数料収入として新たな柱に育ちつつあります。
Consumer Platformの融合:
TurboTaxとCredit Karmaの融合キャンペーン(”Now This Is Taxes”)に見られるように、税金の還付金を起点として、若年層(Gen Z)をCredit Karmaの金融エコシステムに引き込み、生涯にわたる金融パートナーとなることを目指しています。
まとめ:この企業を一言で表すなら
Intuitは、面倒な金融作業を「ツール」から「代行者」へと昇華させる。
膨大な実データとAI、そして専門家をつなぐことで、
中小企業と個人の「お金の不安」を自信に変える金融OSである。
技術が進化するほど、複雑な税制や会計への「心理的な依存度」は高まります。
その信頼のラストワンマイルを握っている点が、長期的な強みです。
企業価値を「構造」から考える
どの市場に組み込まれ、どの制度・ネットワークに支えられているか という構造が、 長期的な価値を左右します。
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