地政学・ドル覇権・通貨ブロックの再編

決済の未来は誰が握る?
「デジタルドル圏」vs「デジタル人民元圏」

通貨の信用と価値保存の構造|第6話

〜地政学・ドル覇権・通貨ブロックの再編〜

プロローグ|通貨が主戦場となった世界

「BRICSがドル離れを模索」「ロシアへの金融制裁」──。
近年の地政学ニュースは、表面上は外交や安全保障の話に見えます。

しかしその深層では、 「どの通貨で決済するか」「どの金融網に属するか」 という、通貨インフラを巡る争いが進行しています。

暗号資産やステーブルコインは、もはや投機対象ではありません。
それらは国家・企業・個人が利用する 「国際金融インフラ」 の一部になりつつあります。

I. 二大陣営の形成:デジタル人民元圏 vs デジタルドル圏

中国:デジタル人民元という「決済網」

中国はデジタル人民元(e-CNY)の実証を世界で最も早く進めてきました。 その狙いは、国内の決済効率化だけではありません。

mBridge(マルチCBDC・ブリッジ)

中国(香港)、タイ、UAEに加え、2024年にはサウジアラビアも参加したこの構想は、 SWIFTを介さない国際決済網 の構築を目指しています。

「石油の決済」までもがドルを経由せずに行われる未来──。
これは、米国の金融制裁という「通貨の武器」を無力化する潜在力を持ちます。

米国:CBDCに慎重、民間インフラを活用

一方の米国は、国家発行のCBDCについては プライバシー侵害への懸念 などから政治的な逆風が強く、導入は事実上の棚上げ状態です。

その代わり、世界中に広まる USDTやUSDCといった「民間ステーブルコイン」 が、実質的なデジタルドルとして機能しています。

米国政府はこれらを規制枠組み(特にUSDCなど)に取り込むことで、「民間が築いたデジタルドル網」を通じて金融覇権を維持する戦略へとシフトしつつあります。

II. 【比較】3つの決済インフラの強みと弱み

現在、世界には3つの異なる決済思想が競合しています。

インフラ SWIFT(既存) mBridge(中・サウジ等) ステーブルコイン(民間)
強み 圧倒的な参加行数と
長年の信頼性
制裁を受けない
即時決済・低コスト
24時間稼働・個人利用可
プログラム可能(DeFi)
弱み 送金が遅い・高い
政治利用されるリスク
参加国の信頼性
(中国へのデータ集中懸念)
発行体の破綻リスク
規制による凍結可能性
支配者 欧米(G7) BRICS+中東 米国企業(裏付け資産)

III. 個人が選ぶ通貨──「民間ドル化」という現実

国家同士の覇権争い(mBridge vs SWIFT)とは別に、 個人レベルで静かな地殻変動 が起きています。

生活防衛としてのステーブルコイン

高インフレや資本規制の厳しい国では、 自国通貨を持つこと自体がリスクになります。

アルゼンチン、トルコ、ナイジェリアなどでは、 人々がスマートフォンのウォレットを通じて自主的に 「デジタルドル圏」 へ避難しました。

皮肉なことに、 グローバルサウスの国家が「脱ドル」を掲げる一方で、 その国民は「ドル」を選び続けているのです。

IV. 国家のジレンマ──通貨主権と制裁の限界

この新しい金融インフラは、国家にとって両刃の剣です。

  • 通貨主権が弱まる(自国通貨が使われなくなる)
  • 金融政策が効きにくくなる
  • 資本規制の抜け穴になる

実際、ナイジェリアでは一時、政府が暗号資産取引を禁止し、銀行口座を凍結する強硬策に出ました。
しかし、P2P取引などで地下化した需要を抑え込めず、最終的に禁止を撤回し、規制による管理へと方針転換しました。

ブロックチェーンは、 自由と効率をもたらす一方で、 国家の統制能力を確実に侵食している のです。

結論|通貨は「中立」ではない

通貨は単なる交換手段ではありません。

それは 「どの秩序(アメリカ型か、BRICS型か、分散型か)」 に属するかを決める投票行為です。

これからの時代、

  • どの通貨で価値を保存するのか
  • どの決済網に依存するのか
  • どの通貨ブロックの内側にいるのか

という選択が、 個人や国家の運命を左右します。

次章では、
この構造の中で、個人投資家はどう資産と向き合うべきか
を考えていきます。

▶ 次の記事:⑦ 通貨ブロック時代のポートフォリオ設計