【企業図鑑】Eli Lilly and Company (LLY)
代謝疾患治療の「プラットフォーム化」と製造の要塞
慢性疾患の標準治療を塗り替え続けるイノベーション・リーダー
この企業に注目する理由
── 「肥満・糖尿病」という巨大な社会課題に対し、物理的・臨床的な参入障壁を築いている
イーライリリーは単なる製薬会社ではなく、代謝疾患(糖尿病・肥満)治療を「不可逆的なインフラ」へと変えつつあります。同社の強みは、GLP-1受容体作動薬を中心とした製品群が、患者の生活に深く組み込まれ、スイッチングコスト(切り替えコスト)が極めて高い治療環境を作り出している点にあります。
加えて、複雑なペプチド医薬品の製造には高度な技術と莫大な設備投資が必要であり、これが競合他社に対する強力な「物理的な防壁」として機能しています。
🔬 第1章:どんな企業なのか(輪郭と事業構造)
── 4つの重点領域で「ファースト・イン・クラス」または「ベスト・イン・クラス」を狙う
イーライリリーは150年近い歴史を持つ研究開発型バイオ医薬品企業です。事業は世界中で展開されていますが、その構造は以下の4つの柱に集約されます。
- 糖尿病・肥満(代謝疾患):売上の最大部分を占める中核。インスリン製剤の歴史的強みに加え、近年はインクレチン製剤(Mounjaro, Zepbound)が急成長しています。
- オンコロジー(がん):乳がん治療薬Verzenioなどが主力。
- 免疫学:アトピー性皮膚炎や潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患向け治療薬。
- 神経変性疾患:アルツハイマー病治療薬Kisunlaなど、極めて難易度の高い領域への挑戦。
2025年第3四半期の売上高は前年同期比54%増の176億ドルに達しました。この成長は主にMounjaro(糖尿病)とZepbound(肥満症)の数量ベースでの拡大によるものです。特筆すべきは、米国におけるインクレチン関連薬の処方シェアで57.9%を獲得し、市場リーダーの地位を固めている点です。
💡 第2章:なぜ特別なのか(競争優位の源泉)
イーライリリーが長期的に優位性を保ちうると考えられる理由は、単発のヒット商品に依存せず、治療体系そのものを支配する「プラットフォーム」を構築している点にあります。
🔍 深掘り:製造能力という「物理的な堀」
バイオ医薬品、特に無菌性が求められる注射剤の製造は、半導体製造にも匹敵する高度な技術と巨額の資本を要します。需要があるからといって、他社がすぐに生産ラインを複製できるものではありません。
- 圧倒的な設備投資:2020年以降、米国製造拠点だけで500億ドル以上を投資しています。バージニア州やテキサス州での新工場建設など、供給能力の拡大に先手を打っています。
- 品質と供給の安定性:複雑なサプライチェーンを自社でコントロールすることで、品質リスクを低減し、安定供給を実現しています。これは、治療の中断が許されない慢性疾患薬において決定的な信頼性となります。
- ✅ 高いスイッチングコスト:糖尿病や肥満症の治療薬は、一度用量が安定すると、患者や医師は他剤への切り替えを嫌います。これが長期的なリカーリング(継続)収益を生みます。
- ✅ 適応症の拡大(ライフサイクルマネジメント):主力のTirzepatide(Mounjaro/Zepboundの成分)は、睡眠時無呼吸症候群や心不全など、新たな疾患への適応拡大が進んでいます。一つの分子で複数の巨大市場をカバーできる効率性があります。
- ✅ 次世代パイプラインの厚み:経口GLP-1薬(Orforglipron)や、さらに強力な減量効果を目指すRetatrutideなど、自社製品を陳腐化させる次世代薬を自ら開発し、他社の参入余地を狭めています。
⚙️ 第3章:課題と向き合い方(リスクと対応)
盤石に見える構造にも、崩れうるポイントは存在します。特に「価格圧力」と「供給能力」は常に監視が必要です。
🤔 想定されるリスク要因
- 価格決定権への圧力:米国におけるインフレ抑制法(IRA)やPBM(薬剤給付管理会社)との交渉により、実勢価格(Net Price)への下押し圧力が構造的に存在します。実際、2025年Q3の米国売上では、数量が60%増加した一方で、実勢価格は15%低下しています。
- 供給のボトルネック:需要が爆発的に増加しているため、製造が追いつかないリスクがあります。供給不足は、競合他社へのシェア流出や患者の離脱を招く可能性があります。
これにどう向き合っているか(対応の設計):
価格低下に対しては、圧倒的な「数量成長(Volume Growth)」でカバーする構造を作っています。また、製造に関しては、前述の通り巨額の設備投資を行い、自社製造能力の拡張によってボトルネック解消を図っています。さらに、経口薬(飲み薬)の開発を進めることで、将来的には複雑な注射デバイスへの依存度を下げる戦略も進行中です。
🌿 第4章:未来像(中期経営計画とパイプライン)
5年・10年という時間軸で見たとき、イーライリリーは「注射から経口へ」「治療から予防へ」というシフトを主導しようとしています。
経口薬へのパラダイムシフト:
現在開発中の経口GLP-1非ペプチド作動薬「Orforglipron」は、注射が苦手な患者層を取り込み、市場規模をさらに拡大する可能性があります。2025年末までに肥満症に対する承認申請を目指しており,これが成功すれば、製造コストの低減とアクセスの容易化が同時に達成されます。
疾患領域の拡張:
アルツハイマー病治療薬Kisunlaの承認 や、がん領域での新薬開発など、代謝疾患以外の柱も育成しています。これにより、単一の疾患領域への依存リスクを分散し、ポートフォリオの安定性を高めています。
まとめ:この企業を一言で言うなら
イーライリリーは、人類の代謝メカニズムをハックし、
「健康のインフラ」を製造業の規模で再構築する企業。
科学的な発見(R&D)を、物理的な供給能力(Manufacturing)で支える両輪経営。
このサイクルが回り続ける限り、その堀は深くなり続けます。
企業価値を「構造」から考える
どの市場に組み込まれ、どの制度・ネットワークに支えられているか という構造が、 長期的な価値を左右します。
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