ASML:ムーアの法則を延命させる「露光装置の独占企業」

【企業図鑑】ASML Holding N.V. (ASML)
デジタル社会の「物理的ボトルネック」
ムーアの法則を延命させる、世界で唯一の“露光装置”供給源

この企業に注目する理由

── AIもスマホも、この会社の機械がなければ1つも作れない

ASMLは、最先端半導体の製造に不可欠な「EUV(極端紫外線)露光装置」を供給できる地球上で唯一の企業です。AIチップの需要が爆発的に増加しようとも、ASMLの装置がなければ物理的に生産は不可能です。

2025年後半、特定の市場セグメント(モバイルやPC)の回復遅れにより短期的な見通しは慎重になりましたが、人類がより高性能な計算能力を求める限り、ASMLを通らざるを得ないという「関所」としての構造的価値はいささかも揺らいでいません。

🔬 第1章:どんな企業なのか(輪郭と事業構造)

── 「装置の販売」と「稼働の維持」で稼ぐビジネスモデル

ASMLの事業は、半導体回路をシリコンウェハーに焼き付ける「露光装置(リソグラフィシステム)」の開発・製造・販売と、納入後の保守サービス(Installed Base Management)で構成されています。

  • EUVシステム(極端紫外線):1台数億ドルする最先端装置。7nm以下の微細プロセス(AIチップや最新スマホ向け)に必須であり、競合は存在しません。
  • DUVシステム(深紫外線):成熟プロセス向け装置。自動車や産業機器、IoT向け半導体の製造を支える主力製品群です。
  • サービス事業:顧客の工場で稼働する数千台の装置のメンテナンスやアップグレードを行い、景気変動の影響を受けにくい安定収益を生み出します。
直近の事業環境(2025年Q3時点):
売上高は75億ユーロ、粗利益率は50.8%と高水準を維持しています。しかし、AI関連の需要が極めて旺盛である一方、その他の市場(モバイル、PC、自動車)の回復が予想より遅れており、顧客(半導体メーカー)が設備投資に慎重になっているという「二極化」の状況にあります。

💡 第2章:なぜ特別なのか(競争優位の源泉)

ASMLの「代替不可能性」は、単なる技術力だけでなく、30年以上かけて構築したサプライチェーンの複雑さにあります。

🔍 深掘り:EUVという「物理学の限界への挑戦」

EUV露光は、スズの液滴にレーザーを当ててプラズマ化し、光を発生させ、それを鏡で反射させて回路を描くという、SFのような技術です。

  • エコシステムの独占:レンズのZeiss(独)、光源のTrumpf(独)など、各分野の世界最高峰企業と排他的かつ運命共同体的なパートナーシップを結んでおり、他社がこのネットワークを複製することは事実上不可能です。
  • 次世代への先行投資:既に次世代機「High NA EUV」の出荷を開始しており、顧客が現在のEUVを使いこなす頃には、ASMLはさらにその先を走っています。
構造的な強み(要約)
  • 完全独占(Monopoly):最先端ロジックおよびDRAMの製造において、ASML以外の選択肢は存在しません。スイッチングコストは「無限大(乗り換え不可能)」です。
  • 顧客との共依存:TSMC、Samsung、Intelといった主要顧客は、ASMLのロードマップに合わせて自社の工場を設計します。顧客のプロセス開発段階から深く入り込んでいます。

⚙️ 第3章:課題と向き合い方(市場サイクルと地政学)

盤石に見えるASMLにも、コントロールできない外部環境のリスクがあります。現在は「市場サイクルの谷」と「地政学的な規制」という2つの課題に直面しています。

🤔 2025-2026年の懸念点

  • 市場回復の遅れ:AI以外のセグメント(PC、スマホ)の回復が鈍く、顧客が新規の設備投資を先送りしています。これにより、2025年の売上予想レンジが見直され、2026年の見通しも従来の「300億〜400億ユーロ」から「300億〜350億ユーロ」へと慎重なレンジに修正されました。
  • 中国市場の正常化:輸出規制の影響と市場動向により、中国向けの売上比率は過去の高水準(約50%)から、2025年にはグループ全体の約20%という「正常な水準」へ低下する見込みです。これは構造的なリスク低減でもありますが、短期的には売上の押し下げ要因となります。

これにどう向き合っているか(対応の設計):
ASMLは短期的な需要変動に左右されず、長期的な技術ロードマップ(High NA EUVの投入など)を堅持しています。AIという強力なドライバーが存在する限り、先送りされた需要はいずれ戻ってくるという前提のもと、生産能力の調整を行いつつ、次のアップサイクルに備えています。

🌿 第4章:未来像(AI時代における不可欠性)

5年・10年というスパンで見れば、ASMLの役割は「半導体チップを作る機械屋」から「AIの進化速度を決定する調律師」へと変わっていきます。

AI需要の受け皿:
AIモデルの学習・推論に必要なGPUやHBM(広帯域メモリ)の製造には、EUV露光装置が不可欠です。現在の市場の「一時停止」は、AIによる次の「爆発的成長」のための準備期間とも捉えられます。

High NA EUVの普及:
さらなる微細化を可能にする次世代装置「High NA EUV」は、2nm世代以降のチップ製造において必須となります。この技術移行が進むことで、ASMLの単価上昇と参入障壁の強化は今後も続きます。

まとめ:この企業を一言で言うなら

ASMLは、デジタル文明の進化速度を律速する
「心臓のペースメーカー」である。

顧客の投資サイクルによる短期的な脈拍の乱れはあっても、
心臓そのものが止まる(代替される)リスクは極めて低い構造にあります。

企業価値を「構造」から考える

グローバル企業の競争力は、成長率や市場規模だけでは測れません。
どの市場に組み込まれ、どの制度・ネットワークに支えられているか という構造が、 長期的な価値を左右します。
▶ 世界株 企業構造図鑑
制度・技術・ネットワーク・ノウハウといった観点から、 世界市場で成立している企業構造を整理しています。