【企業図鑑】Broadcom Inc.
AI時代の「接続」と「効率」の覇者
半導体とソフトウェアを横断する高収益ポートフォリオによる利益創出モデル
この企業に注目する理由
── AIデータセンターの「神経網」を物理的に支配している
AIの性能向上にはGPU(計算能力)が注目されがちですが、数万個のGPUを連動させるための「通信(ネットワーク)」がボトルネックとなりつつあります。Broadcomはこの通信領域(Ethernetスイッチ、光通信、カスタムAIチップ)において、事実上の業界標準を握っています。
さらに、VMwareの買収完了により、企業のプライベートクラウド基盤(ソフトウェア)までも支配下に置きました。ハードウェア(半導体)でデータを運び、ソフトウェアでそれを管理する。この両輪で、調整後EBITDAマージン67%(2025年度実績)という驚異的な収益性を叩き出す構造的強さに注目です。
🔬 第1章:どんな企業なのか(輪郭と事業構造)
── 「買収」と「規律」によって構築された技術コングロマリット
Broadcomは、Avago Technologiesを母体とし、LSI、Broadcom Corporation、Brocade、CA Technologies、Symantec(法人部門)、そしてVMwareと、各分野のトップ企業を次々と買収・統合して形成されました。
収益を支える2つの柱(2025年度実績)
- 半導体ソリューション(売上の約58%):
AIネットワーク用スイッチ(Tomahawk/Jericho)、カスタムAIアクセラレータ(XPU)、スマホ用無線チップ、光通信部品など。特にAI関連の売上が急増しており、前年比74%増を記録しています。 - インフラストラクチャ・ソフトウェア(売上の約42%):
VMware(仮想化・クラウド基盤)、Symantec(セキュリティ)、メインフレーム用ソフトなど。VMwareの統合により、売上規模が飛躍的に拡大しました。
特筆すべきは、単に規模を追うのではなく、「市場シェアNo.1またはNo.2の持続可能なフランチャイズ」しか持たないという鉄の規律です。競争が激しく利益率の低い事業は容赦なく売却・整理し、残った高収益事業に研究開発費(2025年度は110億ドル)を集中させています。
💡 第2章:なぜ特別なのか(競争優位の源泉)
Broadcomの強さは、顧客が「Broadcomを使わざるを得ない」状況を作り出す技術的・戦略的な堀(Moat)にあります。
🔍 構造的優位性の3つのポイント
1. AI通信のデファクトスタンダード(Ethernetの支配)
AIクラスターの接続には、従来NVIDIAの独自規格(InfiniBand)が使われてきましたが、Broadcomは汎用的でコスト効率の高い「Ethernet」でのAI通信を主導しています。OpenAIなどの巨大プレイヤーは、ベンダーロックインを避けるために標準規格であるEthernetを選好しており、その中心にBroadcomのスイッチ(Jericho3-AI, Tomahawk 6)とNIC(Thor Ultra)が存在します。
2. カスタムAIチップ(XPU)の共同開発力
GoogleやMeta、そして新たにOpenAIといったハイパースケーラーは、自社専用のAIチップ(ASIC)を設計しています。しかし、その物理設計、高速通信回路(SerDes)、パッケージング技術を提供できる企業は世界に数社しかなく、Broadcomはその筆頭です。2025年10月にはOpenAIと提携し、10ギガワット規模の次世代AIシステムを共同開発すると発表しました。これは単なる部品供給ではなく、顧客の心臓部に入り込む深い提携です。
3. VMwareによる「プライベートクラウド」のOS化
企業のITシステムは、コスト高なパブリッククラウドから、自社管理のプライベートクラウドへ回帰する動き(Cloud Reset)があります。BroadcomはVMware Cloud Foundation (VCF) を通じ、オンプレミス環境でもクラウドのような柔軟性を提供する基盤を独占的に提供しています。一度導入すると他社への乗り換えコストが極めて高い(スティッキネスが高い)領域です。
⚙️ 第3章:課題と向き合い方(外部環境への対応)
盤石に見えるBroadcomですが、構造的なリスクとして「特定顧客への依存」と「買収後の摩擦」が挙げられます。
主要な売上が Apple や少数のハイパースケーラーに依存している点は長年の課題です。しかし、Broadcom は「替えが効かない技術(RFフィルターやカスタムAIチップ)」を提供することで、対等以上の交渉力を維持しています。また、VMware 買収により顧客基盤を世界のエンタープライズ企業全般へ分散させることに成功しました。
VMware統合と価格戦略の摩擦VMware買収後、永久ライセンスからサブスクリプションへの移行を強引に進めたことで、一部顧客の反発を招きました。これに対しBroadcomは、製品ポートフォリオを劇的に簡素化(数千のSKUを数個のコア製品へ集約)し、VCF(VMware Cloud Foundation)という統合ソリューションの価値を訴求することで、顧客単価の向上とロックインを同時に進めるという、強気の「製品価値中心」のアプローチで対応しています。
🌿 第4章:未来像(構造的成長の取り込み)
5年〜10年の視点で見ると、Broadcomは「AIデータセンター」と「次世代通信」のインフラそのものになろうとしています。
1. AIインフラの主役交代(2026年以降):
OpenAIとの提携に見られるように、AIモデルが巨大化するにつれ、汎用GPUだけでなく、特定の計算に特化した「カスタムAIチップ(ASIC)」の需要が爆発します。BroadcomはこのASIC市場のリーダーとして、2026年度第1四半期だけでAI半導体売上が82億ドル(前年比2倍)に達すると予測しており、このトレンドは長期化する構造にあります。
2. 次世代通信規格(Wi-Fi 8 & 光通信):
家庭や企業のエッジデバイス向けに「Wi-Fi 8」チップセットを発表しました。これはAI処理を念頭に置いた低遅延・高信頼性の通信規格です。データセンター内だけでなく、端末側(エッジ)の通信インフラも刷新し、あらゆる場所でのデータ流通を支える基盤を構築しています。
3. 驚異的なキャッシュフロー還元:
2025年度のフリーキャッシュフローは269億ドル(売上の約42%)に達しました。経営陣はこの潤沢な資金を、借入金の返済と配当(15年連続増配)に充てる方針を明確にしており、成熟企業としての安定感と成長企業としての爆発力を併せ持つ「ハイブリッドな投資対象」としての地位を固めています。
まとめ:この企業を一言で表すなら
Broadcomは、デジタル経済における
回避することのできない「有料道路」を押さえる企業である。
AIの計算も、企業のクラウド管理も、スマホの通信も。
データが移動するあらゆる「関所」を押さえ、そこを通るたびに確実に収益を上げる。
技術の流行り廃りを超えて生き残る、極めて堅牢な収益構造を持っています。
企業価値を「構造」から考える
どの市場に組み込まれ、どの制度・ネットワークに支えられているか という構造が、 長期的な価値を左右します。
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Cadence|半導体設計の現場に組み込まれたEDAノウハウ企業
長年の設計失敗と改善の蓄積が、スイッチングコストとして機能する基盤ソフト。 -
Arista Networks|クラウド運用に最適化された高速ネットワーク基盤
ソフトウェア主導の設計思想で、ハイパースケーラーの運用標準に組み込まれる。 -
ASML|ムーアの法則を延命させる露光装置の独占企業
最先端半導体製造の物理的ボトルネックを握る、代替不可能な関所。
